第四話「充実の一年が」
充実の一年が
丁度、そのころ仲がよかった友達が夜の商売でナイトクラブのボーイを紹介してくれたのです。不動産の営業手数料で相当な収入があったのに。そのうえ自家用車も所有しているのに今更、銀盆(ビールやお酒を乗せて運ぶお盆)を小脇に抱えお客様を迎えるという仕事に躊躇はしたのですが、どんな方々が景気よく、高級クラブに来店されているのか興味もあり、お金のありがたみを知ること、初心に帰り、体を動かして収入を得ること、その上100人ほど在籍する綺麗なホステスさんと毎日会える、そんなよこしまな思いも若干あり、一年間という期限を切って、就職することにしたのです。
そのナイトクラブというのはオープン1年目なのに、大阪ミナミで1、2を争う繁盛店で、勤めておられる女性たちは、それぞれが自分のお客様を持っていて、他店からお客様を引き連れて、移籍してきた女性が多く、毎晩広いお店が満席に近い状態となるほどでした。
お客様はさまざまで、誰もが知る企業の社長とその幹部、先生と呼ばれるお客様、中小企業の社長や金回りは良さそうなのだが何をされているのか判らないお客様など、興味ある人たちが入れ替わり立ち代わりご来店される凄いお店でした。
しかし、乗用車に乗って出勤する私は、ナイトクラブのボーイさんでは固定給も安くガソリン代も出ないし、生活も無理と思い、どうすればこの状況で稼ぐことが出来るのかを考えた結果、お客様に頂く「チップ」に目をつける、じゃあどうすればチップを頂けるのか?
まずは、ご来店いただいた常連のお客様はもちろん、月に1度か2度来店されるお客様も、特徴をメモっておき、お名前を覚えておき、「〇〇様いらっしゃいませ」とできる限りの大声でお声掛けする、そして、担当の女性に声もかけ、キープされているボトルを注文前に素早くテーブルに準備する。それだけでもチップを頂戴できることがあったのです。
しかし、もっと大事なことはホステスさんに気に入ってもらうことだと気付いたのです、そのために、時々「買ってきて」と頼まれるストッキングやハンカチ等あらかじめ準備しておいて、バンドエイドやボールペンや爪楊枝に至るまでポケットに揃えておいたのでした。次第に、「あの子に言えば何とかなる」とホステスさんから指名がかかる。「このボーイさんすごく仕事するのよ、チップあげてよ」とホステスさんから、お客様にチップをねだってくれる。
そんなことで毎月、固定給とほぼ同額ぐらいのチップを頂くこととなる。そして、午前0時ごろクラブの仕事を終えると0時半から4時半くらいまでスナックで皿洗いをしたのである。
おかげで、収入も安定し、そろそろ丸一年を迎えるころ、クラブの全スタッフミーティングで、ホステスの女性たち約100人によるガイド主任候補の投票が行われ90票を獲得、花形のポジションと言われる玄関のガイド主任に抜擢されたのです。本当にうれしかったのですが、丁度一年になるので、それを花道に退社を申し出るのですが、クラブの社長からは、ほかのクラブからの引き抜きがあったのかと疑われ、「いいえ、不動産の仕事がしたいからです、きっと頑張ってこのクラブにお客様として来させていただくようにがんばります」と言って退社を理解して頂いたのでした。
振り返れば、クラブの女性にはまったく相手にされず、仕事、仕事で彼女も出来ず、寂しいけれど充実した一年間だったのです。
「24歳」